Climate Week NYC 2022: EVを巡る世界動向と日本企業への示唆
【シリーズ】クライメート・ウィーク・ニューヨーク #03
本コラムは、SDGsやカーボンニュートラル等の目標達成に向け、ゼロ・エミッション車やEV100に関心のある方へ、その基礎知識と、Climate Week NYC 2022*での議論を交えて紹介し、日本企業の今後の取り組みに参考となる情報をお伝えします。
*本シリーズにおけるこれまでのコラムは、こちらでまとめておりますので是非併せてご覧ください。
#01 「脱炭素社会を推進する、世界最大級気候変動イベントClimate Week NYC」
#02 「なぜ、脱炭素に向けて再エネが重要なのか? ~再エネの基礎知識とClimate Week NYCの最新議論を交えて~」
ゼロ・エミッション車(ZEV)の基礎知識
ゼロ・エミッション車とは
国際エネルギー機関(IEA)の定義によると、ゼロ・エミッション車(以下、ZEV)とは走行中のCO2排出がゼロである自動車のことであり、具体的にはバッテリー電気自動車(以下、BEV)と燃料電池自動車(以下、FCV)を指します。ハイブリッド車(HEV)とプラグイン・ハイブリッド自動車(以下、PHEV)は含まれませんが、PHEVは比較的BEVに近いということで、広い意味でのZEVの一種と捉えられることもあります。
出展:経済産業省 電動車活用促進ガイドブックにIGES加筆
日本の現状
近年、海外諸国では、新車販売に占めるZEV比率が急増しており、ノルウェーなど90%(BEVだけで77%)に到達しようとしている国も存在します。日本は昨年時点で約0.8%と停滞しており、日本政府は普及促進に向け昨年2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略を策定しました。そこでは、新車販売に占める電動車(ZEV+HEV)比率について、乗用車は2035年までに100%、商用車(8t以下の小型車)は2030年までに20~30%、2040年までに100%とする目標が掲げられました。
出展:経済産業省 第4回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 グリーントランスフォーメーション推進小委員会
ゼロ・エミッション車の基礎知識まとめ:
- ZEVとは走行中のCO2排出がゼロである自動車(BEV/FCVを指し、HEVは含まれない)。
- 足元のZEV普及状況を見ると、日本は諸外国と比較して停滞気味。
ZEVを巡る世界の動向
世界がZEVを求める理由
ZEVに関するセッションが数多く開催されたClimate Week NYC 2022。各セッションで印象的だったのは、参加者がみな内燃機関自動車(以下、ICEV)やHEVからの「ZEVへの転換を確実視」しており、「その転換をいかに加速できるか」が焦点だったことです。世界の人々はなぜZEVを求めるのか?その背景について、(1)脱炭素、および (2)経済的な観点、から深堀します。
(1)脱炭素:気候危機回避には迅速なZEV転換が急務
運輸部門が世界のCO2排出量に占める割合は(約4分の1)を占めています。IPCC第6次報告書では、気候危機の回避に向け、ZEVへの転換が必要性・有効性の高い対策であることが示されました。IEA・BloombergNEF等の専門機関も、1.5℃目標達成には、乗用車・バン等小型車は 2035年頃までに、トラック等の中・大型車は 2040 年までに、新車販売に占めるZEV比率を100%とする必要があるとしています。
BEVについては、「使う電気が石炭火力由来ならばCO2削減効果がないのでは?」という疑問もよく聞かれます。しかし昨今の研究では、仮に電源構成に占める化石燃料の割合が9割を占めた場合でも、ライフサイクル全体でICEVやHEVよりもBEVが低排出であることが明らかになっています。再生可能エネルギーが普及すれば、その差は更に明確となるでしょう。
(2)経済的効果:EVは意外と低コスト? 新たに創出される雇用も
セッションに集った人々は、脱炭素はもとより経済的観点でもZEVの重要性を語っていました。半導体不足などの影響により足元で変動はあるものの、近年の急激なバッテリー価格低下に伴い、ZEVの車両価格は数年でICEVと同等となる(=価格パリティ)という研究もあります。さらに、燃料費やメンテナンス費なども含めた「総所有コスト」で比較するとZEVの経済合理性が見えてきます。あるセッションに登壇したカリフォルニア大学の教授は、EVトラックはディーゼルトラックより「総所有コストが約13%低下、約3年で投資回収が可能であった」という調査結果を発表していました。諸条件によりバラつきはあるものの、今般のガソリン価格高騰などを加味すればZEVのコスト削減効果はさらに高まるものと見られます。
また、登壇者のうち、特に政府関係者が強調していたのがZEV転換に伴う雇用創出の効果です。日本では雇用減少の影響を危惧する声も少なくないですが、世界では逆の論調が見られます。ボストンコンサルティンググループ(BCG)はZEVの普及に伴う新たな雇用(製造・保守・充電、その他関連サービス)は、その雇用喪失への影響を補い得るという興味深い分析結果を発表しました。また、マサチューセッツ大学による試算では、今年8月に制定された「米インフレ抑制法」によって、2030年までにZEV製造だけで8万人の雇用創出効果があるとされています。
その他にも、大気汚染改善に伴う「健康増進」や、「静粛性・低振動」というドライバーが喜ぶ特徴など、多くの観点でZEVのメリットが語られていました。
加速を続ける世界のZEV転換
世界各国でZEV政策が進む
欧州・北米を中心に、HEVを含むICEVの新車販売を廃止する規制が世界各国で進んでいます。EU理事会と欧州議会は今年10月、「Fit for 55」政策パッケージに含まれる乗用車・バンの排出基準について、新車の排出量を2030年までに乗用車は55%、バンは50%、そして2035年までにいずれも100%削減(ICEV・HEV・PHEV新規販売の実質廃止)するという欧州委員会の提案について合意しました。
米国ではバイデン政権が2021年8月、2030年までに新規販売の50%以上をZEVとする大統領令を発出しました。今年8月に成立した米インフレ抑制法は、ZEV1台当たり最大で$7,500 (約100万円) の税額控除導入を掲げています。さらに、今年9月には全米50州のEV充電設備の設置計画を承認し、今後5年間で50億㌦(約7,250億円)を補助するなど、次々と施策を打ち出しています。
Climate Week NYCで特に注目を浴びたのが、米カリフォルニア州が今年8月に採択した新たなZEV規制「Advanced Clean Cars II」です。本規制は同州の新車販売に占めるZEV比率を2026年に35%、その後も毎年段階的に引上げ、2035年までに100%到達を義務付けるもので、も廃止対象に含まれます。セッションに登壇したカリフォルニア州大気資源局長は「ZEV転換を迅速に成し遂げるには補助金だけでは不十分。規制化によって中長期的な方向性を示すことが政府の役割である。」と語っていました。また、本規制を受けニューヨーク州など他14州も追随して同様の規制導入を公表・検討しています。
図1:削減オプションと2030年までの潜在的な正味排出削減量
出典:クライメート・グループ「ゼロ・エミッション車に向かう世界の中の日本」にIGES加筆
市場の反応
このような政府の動向を受け、ZEV販売目標の導入・引上げを発表する自動車メーカーが相次ぐ等、市場も既に反応を示しています。例えばゼネラルモーターズは2035年までにICEVの販売廃止を掲げています。セッションに登壇した同社CSOは「未来はZEVにある。ZEV転換は既に急速に起こっており、今後も予想以上の速さで進むだろう。」と力強く語っていました。
日本と同様、少し前までは欧州と比べZEV普及がなかなか進まないと言われていた米国でしたが、とあるセッションでは米国のBEV+PHEVの販売シェアが2021年4%から2022年8%に倍増し、カリフォルニア州では2022年に16.3%に到達したと発表がありました。BloombergNEFは世界のZEV普及予測を公表していますが、その予測値は毎年上方修正されており、ZEV転換が想定以上の速さで進んでいることを物語っています。
出典:BloombergNEF 「Zero Emission Vehicle Factbook」にIGES加筆
ZEVを巡る世界の動向まとめ:
- ZEVには脱炭素だけでなく経済的効果等のメリットも。
- 世界各国でZEV政策が進み、ZEVに舵を切る自動車メーカーが相次ぐ。
- 世界のZEV転換は専門家の想定以上のスピードで進んでいる。
日本企業への示唆
日本企業を取巻く状況
世界ではスコープ3を含めたサプライチェーン全体の脱炭素化を目指す傾向が強まっており、日本企業も次々と自社のサプライチェーンにおける排出削減目標を打ち出しています*。2022年10月現在、Science Based Targets を設定している又は設定を予定している日本企業は約340社に上ります(2022年10月現在)。中でも、営業車や貨物自動車による排出に悩む企業も多く、Scope3を含めたカーボンニュートラルを実現するにはZEVの導入が急務と言えます。
(*コラム「サプライチェーンの脱炭素化を巡る動向」も併せてご参照ください。)
ZEV導入を望む企業が増える一方で、昨今の日本の市場環境では以下のような障壁も存在することから、ZEV導入の見通しが立ち難いという企業の声も少なくありません。
- 国内ではまだ実用性と経済合理性を満たす車両が市場に少ない
- 充電インフラが整備されていない
- 車両・充電設備の導入コストが高い
需要シグナルが課題解決の突破口? : EV100の取組み
そのような課題解消に向け、注目されている取組みの一つが「EV100」です。EV100とは、2030年までに事業で用いる自動車のZEV化などにコミットするイニシアチブであり2017年のClimate Week NYCで発足しました。日本からは2017年11月にイオンモール株式会社がEV100に初参加して以降徐々に増え現在7社が参加。世界でも128社が参加しており、RE100に続くイニシアチブとして注目されています(2022年11月現在:EV100の概要説明はこちら)。
Climate Week NYC 2022ではEV100発足5周年記念イベントが開催され、アストラゼネカ、イケア、NTTなど国内外の参加企業が登壇しました。EV100年次レポートによると、EV100企業が導入したZEV台数は累計約21万台、充電設備は累計約3100箇所に上ります。また、参加企業の91%が充電設備に再エネを調達するなど、まさに「目標宣言から実践へ」と取組みを加速させています。また、同イベントではトラック等の中・大型車を対象とする新たなイニシアチブ「EV100+」の発足も発表されました。
EV100の狙いは、ユーザー企業が「ZEVの需要シグナルを市場・政府に届けることで投資や政策を促進させること」にあります。2025年までに全自社保有車のZEV化を掲げるアストラゼネカの登壇者は「待っているだけでは何も起こらない。ユーザー企業が主体的に市場・政府に働きかけて転換を加速せねばならない。」と呼び掛けていました。サイドイベントに登壇したフォードの担当者は「過去に類を見ないZEV需要の高まりを目にしている。ZEVは我々の重要な経営戦略となった。」と述べ、需要サイドの動きがメーカーの意思決定に影響を与えている様子が伺えました。さらに、サプライズゲストとして登壇したシャルマCOP26議長は、EV100発足5周年を祝福しつつ「このような産業界の動きを後押しするのが政府の役割」と述べました。このように、ユーザー企業が起点となって、メーカーや政府を巻き込み、好循環を創出したことが、欧米のZEV転換を加速させた要因になったと言えるのではないでしょうか。
日本企業への示唆まとめ:
- 車両のZEV化は自社Scope3排出削減の鍵。
- RE100に続いて注目される「EV100」「EV100+」。
- 需要シグナルを市場・政府に届けることで投資・政策を促進することが肝要。
「EV100」発足5周年記念イベントの様子
まとめ
現地に集まった人の話を聞き、その脱炭素の優位性や経済的効果からZEVへの期待が高まり、消費者・需要家もそれを望み始めていると強く感じました。世界のZEV転換は専門家の予測が外れるほど、想定以上のスピードで進んでおり、今後も進むことでしょう。欧米諸国では、山積する課題を乗り越えるため、メーカー企業/ユーザー企業/インフラ事業者など各アクターが密に連携し、政府は規制や財政支援などを通じてそのような産業界の動きを牽引・後押ししています。
その裏には、EV100企業など脱炭素へ真摯に取り組むユーザー企業による市場・政策への主体的な働きかけがあります。自社の脱炭素化を進めるにあたって、再エネの調達と併せて重要な取組みであるZEVの導入。ZEVの普及で足踏みが続く日本において、何から行動を起こせばいいのか迷う方も多いかもしれません。世界の動向を参考に、少しでも多くの企業がZEV導入の取組みを一層前進することを期待いたします。
【シリーズ】クライメート・ウィーク・ニューヨーク#01 を読む
【シリーズ】クライメート・ウィーク・ニューヨーク#02 を読む
【シリーズ】クライメート・ウィーク・ニューヨーク#03 を読む(この記事)