日本の気候変動政策に関する政策提言

2015.3.2

【序文】
世界中で威力と頻度を増しつつある台風、竜巻、豪雨の発生。様々な影響が顕在化する兆候を目の当たりにするたびに、我々は将来の社会の在り方を決定づける重要な時代に生きていると感じざるを得ない。IPCC 第5 次報告書では、気温上昇と二酸化炭素の累積排出量には相関があり、累積排出量に上限を設ける必要があることなどが示された。

 

これは、現状の排出を続けた場合、30年以内にその上限を超えること、及び今世紀末頃には世界の排出量をゼロに近づける必要があることを示した極めて重要なメッセージである。

 

国際社会の動向に目を転じれば2015 年12 月のCOP21 における国際枠組みの合意に向け、各国で準備が進んでいる。
一方で、日本を振り返ると温室効果ガス排出量の2020 年以降に向けての削減目標等の具体的な議論は始まったばかりである。

 

Japan-CLP は、低炭素化を経済活動の前提と捉え、低炭素社会の実現を目指す企業ネットワークである。
我々は、低炭素社会の実現には現世代だけでなく将来世代のニーズや利益をも踏まえる必要があると考える。
今、企業にも新たな戦略と将来への責任が問われている。
今般Japan-CLP は、社会の在り方を左右する重要な時期を迎えていること、そして長期的には二酸化炭素の排出を伴わない全く新しいビジネスを展開する必要性を認識し、この提言を作成することとした。

 

提言では、日本の政策立案者に対し、そして企業や社会に対して、目標・政策のあり方を提案する。
すべての企業・市民の方々と目標・政策に対する役割と責任を共有し、政策立案者を支援するきっかけとなれば幸いである。

 

【背景】
・ IPCC 第5 次報告書からの重要な科学的知見
IPCC 第5 次報告書では、温暖化は疑う余地がなく、二酸化炭素の累積排出量と世界平均気温はほぼ比例関係にあること、そして気温上昇を2℃未満に抑えるための累積排出量の上限は約3 兆7 千億トン(1 兆トン(炭素換算))であること等が示された。
これは、現状レベルの排出量のままでは30 年以内にこの上限を超えること、そして気温上昇を2℃未満に抑えるためには、いずれは排出量をゼロに近づける、またはマイナスにする必要があることを科学的に示している。
また同報告書では、責任、能力、公平性の観点から排出削減量を国・地域別に割り当てた研究を整理しているが、気温上昇2℃未満達成には、先進国は2030 年に約50%、2050 年に約80~95%削減(いずれも2010 年比)を必要とする多くの研究が示されている。

 

・ すでに発生している被害
世界各地で気候変動によると思われる様々な自然災害による損害が既に発生している。
2013 年の「自然災害と人災」(保険会社スイス・リー)では、2013 年5~6 月の中東欧での集中豪雨による洪水の経済損失は165 億ドル、7 月の欧州での雹による経済損失は48 億ドル、11 月のフィリピンの台風の経済損失は125 億ドルとしている。
今後、気温上昇が続けば、気象災害の増加、食糧生産性の低下、人々の健康や生態系への悪影響などのリスクが増大し、その被害は膨大なものとなると考えられる。
例えば気候変動に対する緩和策(温暖化防止)の費用が、経済活動に対してマイナスの影響を与えるとする考えはあるが、緩和策が不十分であれば気候変動に対するリスクは増大し、膨大な経済損失と適応費用がかかることは明らかである。

 

・ 日本の二酸化炭素排出量等の状況と 2050 年の目標
日本の温室効果ガス排出量は2013 年には1990 年比で10.6%増加している。
日本は省エネルギー先進国とも言われていたが、GDP あたりの一次エネルギー供給量をみると1990 年以降の改善幅は小さく、現在では主要国並みとなっている。
1人当たりのCO2 排出量についても、1980 年台後半から改善は見られず、改善が進んでいる英国、ドイツ、フランスなどの後塵を拝している(特に家庭等の民生部門の排出増加が著しく、対応が必要である)。
日本は、第四次環境基本計画で、2050 年までに温室効果ガスの80%削減を目指すとしているが、IPCC 第5 次報告書で示された知見に鑑みれば、この目標は気温上昇を2℃未満に抑えるための最低限のものであると言える。

 

・ 各国の動向
EU では、2030 年の温室効果ガス削減目標を1990 年比で40%減とすることが正式に合意された。
過去消極的とされた米国や中国も、2014 年11 月に米中共同声明を発表し、米国は2025 年までに2005 年比で26~28%の削減を、中国は2030 年頃までに、かつなるべく早い時期に CO2 排出量を頭打ち(ピークアウト)にし、一次エネルギーにおける非化石燃料の割合を 2030 年までに約 20%に上昇させるとした。
両国はこの目標値の表明を通じ、他の国がより意欲的な行動を取るための流れを作りたいとしている。
2014 年12 月に開催されたCOP20(ペルー、リマ)では、2015 年12 月のCOP21(フランス、パリ)において、気候変動に関する新しい国際枠組みを採択することが確認され、今後各国の具体的動きが佳境を迎えると考えられる。

 

・ 日本が率先して取り組む必要性
日本は先進国の一員として、これまで経済成長に伴った多量の温室効果ガスを排出してきた責任があり、現在も日本は世界第5 位の排出大国である。一人当り排出量も中国の約1.4 倍、インドの約6 倍に上る。
また、日本は特にものづくりにおいて、高機能・高品質・高信頼性・適正価格そして環境性能などの優位性をもって、我が国の経済成長のみならず、世界の経済成長に大きく貢献し経済大国の地位を築いてきた。
またこうした貢献によって、特に今後も発展途上国や新興国からは低炭素社会づくりに対する支援に大きな期待が寄せられている。
気候変動対策の強化は、日本の構造的な競争力の強化と維持にも繋がる。
過去、優れた“ものづくり”を通じて世界をリードしてきた日本だが、長期的な資源高騰による交易条件の悪化は、他の要因も相俟って競争力に悪影響を与えている。省エネ・省資源型の経済構造の構築は、日本の競争力に影響を与える要因の改善に繋がる。
気候変動対策の強化により、低炭素化された商品・サービスのマーケット拡大が見込めるが、低炭素競争力をつけた企業はこの新しい市場においても優位な地位を築けるであろう。
世界に先んじて気候変動に取り組み、低炭素分野での競争力をつけることは、日本が国際社会において名誉ある地位を得るために重要な戦略である。

 

【提言】
・ 2020 年以降の中長期目標を早期に設定すべき
日本が国際的にリーダーシップを取っていくことが重要である。
他国との公平性を過度に重視し、他国のレベルが日本に追いつくのを待つのではなく、率先して意味のある目標を設定し、それを実現するための政策を導入すべきである。目標の見直し・設定に際しては、以下が重要である。

 

1. 日本の目標は、気候変動による深刻な被害を回避すべく、気温上昇を2℃未満※に抑制できるよう、IPCC が示した排出量上限値を参照すべきである。

 

2. 既に閣議決定されている日本の長期目標「2050 年に80%削減を目指す」は、気温上昇2℃未満に向けた最低限の目標と認識すべきである。

 

3. 国際的な状況を考慮し、少なくとも 2050 年に80%削減を目指し、2030 年を目途とした中期目標を早期に設定すべきである。あわせて、2020 年の目標も見直すべきである。

 

4. できるだけ早期に削減を進め、2050 年以降も必要最小限の範囲で二酸化炭素の排出が可能となるようにすべきである。
※気温上昇の2℃未満抑制という目標は、多くの議論を経て国際的に合意されたものである。
将来の被害の増加とそれに伴う企業や市民への影響を考えれば必然性のあるものである。
国際社会がこの目標に向け真摯に議論を重ねていることに鑑みても、尊重すべきである。

 

 

・ 目標達成に向けたグリーン経済への移行政策を進めるべき
1. 温室効果ガスの削減に対して努力した企業や個人が報われるグリーン経済への移行を進めるべきである。

 

2. グリーン経済へ移行すべく、『排出にはコストを、削減には利益(価値)を付与すること(炭素の価格付け)』を進めるべきである。

 

3. 具体的には、炭素税、排出量取引等の手段について検討し、大幅な温室効果ガスの削減を実現しうるような炭素の価格付けを進めるべきである。

 

4. 制度設計においては、日本の状況、影響を受ける産業セクター、国際競争力及び政策コスト等を考慮し、例えば排出量取引を導入するならば、EU-ETS 制度で起きた炭素価格の低迷による市場混乱などの問題が起きないようにすべきである。
また、炭素税を導入するならば、現在の温暖化対策税のように税収を補助金等で使用することによって温暖化対策を行うものでなく、企業や市民による自主的な低炭素社会への行動を促すものとすべきである。

 

5. 炭素の価格付けに加え、情報の周知や前向きな規制等を組み合わせ、実質的なグリーン市場の拡大を政策的に進めるべきである(例:住宅省エネ基準の大幅強化等)。
また、再生可能エネルギーは低炭素社会を実現するための重要なドライバーの1つであり、再生可能エネルギーの導入目標を早急に定め、系統強化、規制の合理化、コスト低減を図る技術開発などを進め、着実に導入量の増加を図るべきである。

 

 

・ 企業は低炭素社会実現の牽引車としての役割・責任を果たすべき
日本の二酸化炭素排出量の部門別構成では、広義の産業部門・公的部門が排出量の約80%を占めている。
また、家庭が利用する製品やサービスを企業が提供していることに鑑みれば、総排出量の90%近くに企業が関与している。
従って企業が積極的に低炭素社会構築の牽引役とならねばならない。

 

1. サプライチェーン全体を通した省エネ・省資源型事業活動の展開を更に強化すべきである。
企業により、サプライチェーンの一部しか自社事業活動が行われていないことも多い。
一企業が省エネ・省資源型事業活動を目的として、社外調達・社外委託・海外移転を増やし排出量の削減を図ることが可能だが、多くの企業は、収益性や競争力強化の観点から、鍵を握る機能を単に炭素排出の削減を目的に他社委託・海外移転は行わない。
むしろ、サプライチェーン全体を通した温室効果ガス削減に取り組むべきである。

 

2. 顧客への省エネ型・省資源型商品やサービスの開発と提供を更に強化すべきである。
商品やサービスの提供者として、顧客や消費者における削減促進を支援する大きな責任を負っていることを自覚し、低炭素商品やサービスの開発と提供に取り組むべきである。

 

3. 政府や異業種と連携して新たな社会基盤構築に積極的に参画すべきである。
低炭素社会構築をめざすことは、新たな低炭素社会基盤づくりでもある。
積極的に参加する企業にとっては、産業や事業の構造をも大きく変える可能性がある。
企業自身も、既存のコア事業における低炭素化だけでは今後低炭素化へと変化する市場と社会の動向に遅れ、取り残される恐れがある。
企業は、事業の枠を超え他の企業や団体や政府・行政とも連携して、新たな低炭素社会システムの構築に積極的に取組むべきである。

 

4. 企業の積極的な取組みが、低炭素社会の構築やビジネスチャンスの実現に効率的かつ効果的に繋がるような政策等の環境整備を、
政府に対して積極的に提案・提言していくべきである。

 

以上

 

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